SGML(Sorcerian Gamebook Markup Language) Initialized...
Presented By SORCERIAN Next team.
シェア
Tweet
2017-2020, SORCERIAN Next Team
0 薄暗い部屋。あなたはうめきとともに目覚める。 ……どこだ、ここは。 混濁する記憶。何者かと争い、激しい衝突。地にひれ伏すあなた。 ……そうだった。無様に不覚を取ったのだ。この屋敷で。ここは、化物の屋敷だ。 立ち上がろうとして、首筋に激痛……! 思わず手をやる。 ベリッ 乾いた血が、剥がれ、ポロポロと落ちる。周りを見回すと、古ぼけた姿見が立てかけてあった。ホコリだらけの表面をこすり、そこに映る自分は。ああ、ああ、なんということだ。 首筋に2つの噛み傷。 やられてしまった。 ![薄暗い洋館](cocoon-r-005.jpg) [次へ](01) 01 首筋に噛み傷。そこから連想するものはひとつ。 ――吸血鬼―― そう、あなたは吸血鬼退治に来ていたはずだったのだ。それが、どうやら返り討ちにあってしまったらしい。 伝承では、吸血鬼に噛まれたものは間もなく同じ道をたどるという。残された時間は一体どれほどだろう。 唯一逃れるすべは、完全に怪物と化す前に、血を吸った張本人を倒すこと。そうすれば呪いは解け、人としての自我を取り戻すという。 一刻も早く、憎き吸血鬼を見つけなくてはならない。力を込めて立ち上がる。幸い、めまいは残るものの、思考に鈍りはない。進む足を止めるわけにはいかない。 あなたは部屋の扉を開けた。 [次へ](02) 02 「やあ、目がさめたのか」 突然声をかけられ、驚き飛び退く。 あなたの眼前には。赤いツインのリボンが、濃紺の頭髪にあしらわれ。ふわふわとフリルのついたロングスカート。 陰気な屋敷にふさわしくない、可愛らしい少女の出で立ち。扉を開けた先には、謎の少女が待ち構えていた。 年齢にふさわしくないほど、大人びた表情を浮かべている。だがあなたが警戒を解かないのは、それが理由ではない。 背中に生える黒き翼。口から覗く鋭き牙。眷属の者。永き時を生きるという、吸血鬼。あなたの血を吸った張本人に、いきなり遭遇したのだ。 ![闇に潜む眷属、吸血鬼](vampire1.png) [次へ](02111) 03 先程吸血鬼が出ていった北の扉は……ご丁寧に鍵がかけられている。 [北の扉](04 "f00") [東の扉](0310 "-f00") [西の扉](0311 "-f00") 04 扉を開けた先は、長い通路になっていた。警戒しながら、慎重に歩を進める。 と、そこに。薄暗い通路で気づくのが遅れた。うずくまる4本足の獣あり。開かれる双眸。そこだけぼやりと明るく輝き、不気味だ。 「人間か?」 なんと、言葉を発した!ただの獣ではあるまい。怪物だ。 「ひ弱な人間がここヒールムント様の屋敷に忍び込むとは 愚かなことよ。 奥に進ませるわけにはいかぬ。ここで八つ裂きにしてやろう」 -- 交戦は免れない! **右のBattle Sheetを開け!** ![長い通路](cocoon-a115.jpg) [怪物を倒した](05) [HPまたはMPが0以下になった](31) 05 怪物の爪と牙をかいくぐり、無事倒した。悶える怪物は言う。 「ヒールムント様に逆らうとは……浅はかな……」 浅はか。結構。最初から吸血鬼を倒しに来たのだ。無茶や無謀も飲み込んで、必ず達成してやる。 そして、ヒールムント。あの吸血鬼娘の名か。覚えたぞ。 怪物の屍を越え、その先へ。だが通路はそこで終了していた。 あなたは周りの壁をつぶさに調べる。あった。レバーだ。 レバーを引くと、ガコンと音を立てて階段が現れた。 [次へ](06) 06 階段を登った先はちょっとした広間になっていた。そこにも一人、あなたを待ち受ける存在あり。 女性。長い髪をたなびかせ、妖艶な表情でこちらを見る。いろいろな箇所を強調した、なかなかにきわどい服装。こんな場所でなければ、目を惹かれたことだろう。 「侵入者とはあなたのことだったのね。 ヒールムント様のお屋敷へようこそ」 死臭漂うこの屋敷では、ひどく不釣り合いな存在。だがある意味でとてもふさわしい。 病的なまでに白い肌。唇から覗く鋭い牙。やはり吸血鬼か。 「わたしはヒールムント様にこの体にしていただいてから、 自由を手に入れたの」 自由? 吸血鬼に血を吸われたものは自らも吸血鬼となるも、もとの吸血鬼へ逆らうことはできないという。気まぐれに付き合い、血を提供し続けなければならない。さながら、奴隷。自由とは、程遠い存在だろうに。 「人間だった頃、わたしは日々父親に乱暴された。 母親に疎まれ、火の付いた棒を押し当てられた」 淡々と語りだす吸血鬼。 「それを思えば、なんて自由なものよ」 ふわりと微笑んで。 「吸血鬼になってから最初にわたしがしたことはなんだと思う? 村を、焼いたのよ。生まれ育った村を」 「……!」 「父も、母も! 誰も助けてくれなかった役立たずの村人も! 全部全部、燃やしてやった!」 「アハハハ! これが自由じゃなくて何? 人などいらない! 食料になる分だけ残して、殺し尽くしてあげるわ!」 隠すこともなく哄笑し、どろりと濁った瞳を向けてくる吸血鬼。その境遇に感じるものがなくはないが―― 認めるわけにはいかない。ためらいもなく人を殺せる存在を、見過ごすわけには行かない。彼女はすでに、人外の怪物だ……! ここで、倒す。 -- **右のBattle Sheet開け!** ![階段](Chambre-n054.jpg) [吸血鬼を倒した](07) [HPまたはMPが0以下になった](31) 07 「あ…あ……わたしが、負けるだなんて……ッ」 膝をつく吸血鬼。 強力な力と恐ろしい感染の力を持つ吸血鬼だが、弱点は意外にも多く、太刀打ちできない相手ではない。あなたは今回の任務のために、十字架、銀の武器、白木の杭など……対吸血鬼アイテムを準備してきたのだ。 とどめを刺そうと近づいたそのとき、 ズキリ―― 激痛が走りあなたは武器を取り落としてしまう! たまらずしゃがみこむ。 熱い! 首筋から心臓にかけて燃えるように熱い。棘の付いた異物が、血管の中を這いずるような強烈な痛み……! 怪訝そうな顔の吸血鬼。あなたの首筋の傷口に気づいてハッとする。 「その傷は……すでに吸っていただいていた、というの? ヒールムント様に?」 にこりと微笑む。 「なぁんだ。それを早く言いなさいよ。 だったらわたしたちは同士じゃない。夜の世界へようこそ」 誰が……! 今、この瞬間は人間だ。化物の仲間入りなどするものか。苦痛にうめきながらも、目だけは闘志の炎を忘れず、射抜く。 「ふうん。いいけど。 まあ、十字架ブンブン振り回せてるくらいだもんね。 完全には吸血鬼化してないのでしょうけど」 そんなものは毒だから、とつぶやきつつ。そして、にっ――弧を描く赤い唇。 「時間の問題だと思うけど」 あなたは倒れたその姿勢で、弱々しく武器を振るう。 それを冷たく見下ろす吸血鬼。つかつかと近寄られ、蹴り飛ばされる。それに反抗すらできない。 「化物が、化物を拒んだらどうなるか教えてあげる。 誰からも受け入れられることもない……永遠の、消滅よ!」 無骨な剣を取り出し、振り上げる。女性には扱いが困難なそれを、吸血鬼の力で軽々と振り回している。 これまでか! その時―― 轟音とともに、扉が、破裂した。 [次へ](08) 08 破片、破片。その影に隠れて、小柄な少女が飛び出す。振り落とされる剣とあなたとの間に突きこまれる、ハイキック。 ガツン……! 蹴りは剣にぶち当たり、激しい衝撃をうけ吸血鬼が剣を取り落とす。 カラン、カラン。音を立てて転がる剣。まだ跳ね回っている最中のそれを、真上から無理やり、踏み潰す……! へし折れる刀身。 パラリパラリ……ようやくそこで、破損した扉の破片が落下し終わる。 ちょうど耳にかかるくらいの濃紺の髪。赤いリボンが揺れる。首をさっと一振り。端正な顔が現れる。それは、先程出会った吸血鬼の少女。 なぜ攻撃を? 仲間割れなのか? 突然の侵入者に、先程まであなたと戦っていた吸血鬼の女は、顔を歪ませる。 「なんだお前は……!? お前も吸血鬼でしょ。なぜ攻撃をするの!」 「君に言う必要はないな。 どいてくれ。わたしが用があるのはヒールムントだけなんだ」 女の方は、嘲りの表情。 「ふふっ 何を言い出すかと思えば。 ヒールムント様はそこらの吸血鬼とは違うのよ。 あなた、見たところまだ幼い。吸血鬼の力に溺れて、 無謀な力試しをしてるところってところかしら」 「ヒールムント様のお手をわずらわせるまでもない。 ここで、退治してあげるわ!」 腕を振る。指先には鋭い爪。柔肌に触れればズタズタにされてしまいそうだ。 少女は慣れた動きで回避する。片眉を軽く上げ。 「幼い? 本気で言っているのか?」 にっ……と口角をあげる。 「いいさ。この見た目のせいでからかわれるのには慣れてる。 300年以上前からそうだった」 そこで女は表情を消す。 「300…? まさかあなたも永き者だと言うの?」 少女はうなずき。 「永き者か。そうだよ。 それで一括りにされるのは好きじゃないけど。 わたしにはラブラディーネって名前があるんだ」 ラブラディーネ? ヒールムントではなく? 彼女がこの屋敷の主人ではないのか? 吸血鬼の女は叫ぶ。 「ラブラディーネ!? お前はご主人様の天敵と聞くわ。 これまで幾多の同胞を殺してきたと。 そんなやつを通すわけにはいかない……!」 「誇張が入っていそうだな。だけど、」 少女はまだ話していた。が、女はそんなものを待たず、先程の衝突で折れた刀身をつかみ取り――柄もない刀身。己が手から血が滲むのも構わず、渾身の力でラブラディーネを切り裂こうとする! そちらは見もしない。流れるような動きで斬撃をかわすラブラディーネ。そして目をカッと見開き。 「天敵と言うのならば、その通りだ!」 その言葉を残して。 フィスト。拳を一振り。軌道すら見えぬ。反撃する暇もなく。拳を女の腹に叩き込む。体はオモチャのように吹き飛び、壁に激突する。首をがっくりと項垂れ、動く気配はない。 あまりにも一瞬で決着のついた攻防。 [次へ](09) 09 なんという強さか……! ゆっくりとこちらを振り返る少女。あなたはようやく痛みが引き、立ち上がったところだ。 「……この屋敷には、永き者と呼ばれる眷属が住んでいる」 独白を始める少女。 「血を吸い、惨たらしく他者を殺戮する。 ときには感染によって、自らが属するものを増やしていく」 永き者? つまるところ、吸血鬼だろう。妙な呼び方で煙に巻くつもりか? 「吸血鬼は全く別の概念だ。 吸血鬼というのは――わたしたちに血を吸われることで発症する。 感染能力、身体能力の上昇はあるものの、 オリジナルのわたしたちとは比べるべくもない」 「手当たり次第に吸血鬼を作り出す永き者もいる。 そいつらのせいで、この世に吸血鬼が溢れかえってしまったけれど」 「真の、永き者は87人だけ。 ……いや、今はもっと少ないか」 一瞬。形のいい眉が歪み、確かな一つの表情を形作る。 「この屋敷には、永き者が住んでいる。 わたしはそいつを……殺しに来た」 それは――怒りの、表情。 ズキリ、頭が痛む。あなたは王宮の依頼を思い出した。森の奥の屋敷に潜む、吸血鬼の討伐。若い娘をさらっては、血を吸い、新たな吸血鬼を生み出し、部下にしてしまう。ちょうど先程の女のように。 そうだ、敵はヒールムント。人間に、多大な恐怖を与える憎き吸血鬼。それと、ラブラディーネは争っているというのか。吸血鬼同士でなぜ争う? 仲間割れとはみっともない。 「まあね。かっこ悪いとは思うよ。 ただ君がそれを言うのは意外だけどね。 人間は仲間内で争うのが大好きじゃないか」 ……別に好きではないが。人には、止むに止まれぬ事情、と言うものがある。弁解がましくなってしまったが、まるで興味がなさそうなラブラディーネ。 翼を一度、バサリと羽ばたかせると、折りたたんだ。どこへ収納したものか、見えなくなった。便利なものだ。 [次へ](10) 10 「わたしたちは、ずっと争ってきた。 それも、もうおしまい。ここであいつを殺す」 「だから、君の相手なんてしていられないんだ」 去ろうとするラブラディーネ。ハッとして追いかける。逃がすわけにはいかない。彼女を倒さねば人間に戻れないのだ。武器で襲いかかるも、彼女は背中を向いたまま軽く回避。負けられぬ、必死に追いすがる。 何か、何か策はないか。このまま行かれてしまう。あなたのことなど歯牙にもかけずに。ヒールムントとの対決がそんなに大事か。こちらのことは、ただの眼前を横切る羽虫だと言うのか。 だったら、だったら。 思いつくままに、声を張り上げる。ヒールムントは自分にとっても敵。ならば力を貸す。ともに倒すのに協力するから、だから、その後で勝負をしろと。 その背に、叫ぶように訴えかける。 力を、貸す? 混乱した頭で、自分の発言を疑う。戯言。我ながら思う。 これまでもソーサリアンとして数々の困難な任務をこなしてきた。並の吸血鬼ならば倒せないこともない、そんな自負があった。だが彼女は違う。先程みせつけられた吸血鬼の力。とてもかなわぬ。 そんなあなたが、力を貸すと。一体なんの力になろう? 振り返るラブラディーネの冷たい瞳。 「本気で言ってる……?」 案の定、だ。だが彼女はそこで大きな笑顔を作ると。 「いいね。その、勝負というのが気に入った。 手伝ってくれると言うなら、歓迎する」 意外な反応。肩透かし。 「ヒールムントは憎らしいことに強敵だ。 人間と手を組むだなんて、あいつも予想外で、裏をかけるかも」 逆に、何か裏があるのではと勘ぐってしまいそうな。 「どうしたのさ。君から提案しといて、そんな反応。 何か騙してるとでも? ひどいな」 「君を騙しても、別にわたしに得はないよ。 君も、ヒールムントを倒したいんだろ? だったら悪い話じゃないと思っただけ」 わかっているのか? お前とは敵同士。協力するしないにしろ、最終的には、 「いいよ。それを誤魔化そうってんじゃないんだ」 こちらをまっすぐ見つめ。例の、射すくめる眼差し。逃れられない。 「ヒールムントを殺したあとでなら、いくらでもわたしを殺せばいい。 もちろん、君にできれば、ね」 圧倒的な余裕。ひれ伏す様など想像もできないような。だが、負けるわけにはいかない。あなたには時間がない。このままでは吸血鬼にされてしまうのだ。 国を守るために奔走するソーサリアンが、化物になって夜な夜な徘徊とは。そんな未来があってたまるか。 それを防ぐため、ヒールムントを倒し、そしてラブラディーネを倒せと言うのなら。 やってやる。そして隙を見て奪ってやる、その命。ベルトに結びつけた銀のナイフ。隠し持った白木の杭。使い所を間違えぬよう、悟られぬよう、じっとりと汗をかきながら頷いた。 [次へ](11) 11 階段を登り、3階へ。そこに待ち受ける異形の怪物。 長い体をゆらゆらと揺らす。カサカサとうごめいているのは、足……だろうか? なんと、その数、10を超え。さながら、巨大な毛虫といった様相。 「ヒールムント様はただの吸血鬼ではない。 永き者。眷属の頂点におわす方…… 貴様ごときが……ぐはぁああ!」 有無を言わさぬラブラディーネのフィスト。叩き潰す。毛虫は、ぐずぐずになって動かなくなった。もはや一人でも殲滅できるのではないか? そのとき、通路の両奥から、同じような見た目の怪物が後から後から押し寄せてきた。 「は! これはたまらないね。 手伝ってほしい!」 こうなっては仕方あるまい。あなたはラブラディーネと背中合わせで、怪物共を散らす。一体一体も頑丈でなかなかに手強い。 だが、不思議と対応できたのは。背後から敵の攻撃がなかったからかもしれない。後ろを任せていられたから。 あらかたの敵を倒し終え、ふと後ろを振り返る。見れば、ラブラディーネはまだ3匹の敵を相手にしていた。気に入らないが、加勢をしなくては。 そのとき、ふと気づいてしまった。ラブラディーネは、背を向けている。正面は、怪物の群れ。いくら異常な強さを誇る吸血鬼と言えども、数の暴力に晒され苦労しているようだ。 これは、チャンスなのでは? よぎってしまった、頭に。 交わした協力の話が頭をかすめる。よせ。偽善ぶるな……! 必死で振り払う。 考えるまでもない、自分が、人間でいられるか怪物になるかの瀬戸際なのだ。なりふりかまっていられるか。 そして何より。もともとこの吸血鬼のせいなのだ。彼女に血を吸われなければこんな目にあうこともなかった。 あなたはこっそりと近づくと。銀のナイフを手にし、大きく振りかぶり、 [そのまま振り下ろす!](125) [……だめだ。できない。](12) 12 ……だめだ。できない。 振り上げたナイフを力なく下ろす。仮にこれでラブラディーネに勝ったとして。それで人間と言えるのだろうか。 ラブラディーネはヒールムントを殺したいと言っていた。そこには、こちらにはわからぬ、深い理由がある。それを、こちらの一方的な都合で閉ざして、いいのか? 非道の手を使ってまで生き延びて、そのときあなたは果たして、人間か? 化物か? 逡巡。お陰で反応が遅れた。突如生えたラブラディーネの翼に足元をすくわれる! 翼は大きく旋回し、あなたを転ばせたあと、そのままの勢いで前方の怪物共をも蹴散らす。ラブラディーネは転がるあなたに飛びかかると、馬乗りに! ぶつかる視線。爛々と輝く瞳。心臓の鼓動が聞こえる距離。半開きの口から、鋭く尖った牙が見え隠れする。 殺される……! だが彼女は翼をしならせると、前方――つまりあなたの後方に、触手のように、鋭く突き刺す。 グサリ。 手応えあり。そこには新たな怪物がいたのだ。ラブラディーネに気を取られ、気づかなかった……! 怪物はかすかな悲鳴をあげ、動かなくなる。 死んでいた……! もしこのまま背後の敵に気づかなければ。恐ろしい予感に、背筋が泡立つ。ガタガタとした震えが、密着したラブラディーネに伝わってしまう。 ラブラディーネはスッと体を起こし離れる。 よぎる疑問。ラブラディーネの方は、なぜ今殺さなかった……? 今のは、絶好の機会だったはず。赤子の手をひねるより簡単な。 「約束したじゃないか。勝負するって。 それまでは、その命を大切にするといい」 ちらりと、あなたの腕のナイフを見やる。 「いま君は、ためらったね。そのまま攻撃だってできたはずだったのに」 気づかれていたか。自分から裏切ったようで、落ち着かない気持ちになる。穴があったら入りたいとはこの事だ。 「なんで卑下するのさ。 ためらう事ができたから、君は今生きているんだろ」 後ろの怪物の死骸を指して、言う。 「……わたしの気持ちを優先してくれたって考えるのは、 都合がよすぎるかな」 彼方を見つめ、ぽつりぽつりと語りだす。 「ヒールムントがわたしに何をしたか、 話してなかったね」 「あいつは、わたしの王国を壊したんだ。 たくさんいた大切な臣下も、すべてあいつに奪われた」 「わたしたちの間で禁忌とされる、人の臣下に手を出す行為。 吸血の上塗り。 2人の主人は持てない。 血を吸われたものは、みな発狂し、死んだ」 「長きに渡る戦いも今夜で終わり。 あいつを、殺す」 目的を話し終え、少しの間黙るラブラディーネ。改めて彼女を見やる。そこに居たのは鋼鉄の意志をもつ、一人の吸血鬼の姿。 [次へ](13) 13 怪物を倒した後、長い廊下を経て大扉と遭遇する。構造的に、ここが一番奥の部屋のようだ。ということはつまり…… ぎいい…… 大扉を開ける。 ちょっとした広間。奥の玉座。ゆったりと腰掛ける長髪の男。 「やぁ、やあ! 驚いたな懐かしい客だよ。 ラブラ、こんなところまでよく来たね! 疲れたろう。お茶を入れようか」 ラブラディーネを見るなり、立ち上がり、嬉しそうな顔で言った。彼がヒールムントだろう。吸血鬼の親玉。ペンタウァを恐怖に陥れる、闇の眷属。にこにこと、楽しそうな表情を崩さない。しっかりと着込んだ黒いスーツ。細身の長身によく似合っている。本性を知らなければ、紳士と呼んでしまいそうな出で立ち。 「お茶? いらない。 楽しくおしゃべりをしにきたんじゃないんだ」 にこやかなヒールムント。そして一方のラブラディーネは全くの無表情。 「そんな、つれないことを言わないでおくれ。 君と僕の仲だろう? どうせ永遠を生きる僕たちなんだ。 少しくらい話したところで罰は当たらないさ」 「そうだ!」 両手を合わせて、軽くジャンプ。 「せっかく来てくれたラブラに、プレゼントがあるんだ! 受け取ってくれるね?」 眉根を寄せるラブラディーネ。 突如、彼女の眼前、何もない空間がねじ曲がり歪んだかと思うと――首のない死体が転がり落ちてきた! 「……!?」 何事、それは、先程彼女が倒した吸血鬼。ヒールムントの部下だったものだ―― 「どういうつもり?」 「さっき見に行ったら、無様に寝ていてね! 首だけ回収して、使えないそっちをプレゼントしようと思うんだ!」 さっきまでは、したたかに壁に打ち付けられたものの息はあったはず。それを、それをこいつは自分の部下を切り捨てたというのか? 非道。そして、吸血鬼の死体などどう扱えばよいというのか。だがヒールムントの表情にあざけりや皮肉の色は見えない。まったく。ただ純粋に、好意で行っているかのような。価値観が狂っている。 「あれっ 吸血鬼は首がなくなると動かないんだっけ。 そうかそうか不便だね! 忘れていたよ!」 「君と話すのも久しぶりだよね。 んーと、300年? だっけ? 前に君と会ったのは? 違うか。それは最初に会った時、だよね? この前のは20年くらい前の話だっけ」 「それにしても思い出すな! 300年前、ほんの小さな君は、 僕に頭を踏まれながら、泣いて助けを乞いたっけ。 懐かしいなあ。楽しかったよね!」 べらべらと明るく喋り続けるヒールムント。その口ぶりはとても明るい。だがその内容は眉をひそめるようなものばかり。そのギャップが、なんともおぞましい。 嘆息するラブラディーネ。 「こいつは昔からそう。相手が聞いてようがなかろうが、お構いなし。 自分さえ気持ちよければそれでいいやつなんだ」 飽き飽きした、という感じで言う。 「それで、さっきから疑問に思ってたのだけど そこの人は何なんだい!」 こちらを指差して言う。 「君は部下はもういらないって言ってなかったっけ。 もう懲り懲りだって。 そうだ、忘れてたよ。僕が奪ったからだった。 あっはっはっは!」 とたん。空気の変わる音を聞いた。 「300年経ってるものね。 赤ん坊がまた赤ん坊を増やして骨になる時間だし、 君も傷を癒やすことができたんだ。うれしいなあ!」 ヒールムントは相変わらず一人で笑っている。……が。 ちらりとラブラディーネを見る。こんな彼女は見たことがない。あなたと対峙する時、ある種の余裕を見せていたラブラディーネ。 今はそんなものをまるで感じず。ギザギザの刃だけ表向けたような。 静かな怒気を放ち、そのまぶたは一切の瞬きを忘れたかのようにヒールムントを凝視し続ける。 「無駄話が好きなのか? さすが年寄りは違うな」 翼を現し、ふわりと地面から足を離す。超自然的な力で浮かぶ。 「早く来いよヒールムント。 わたしじゃ触れられもしないんだろ。 ほんとかどうか、確かめてやるよ」 ![最奥の部屋](cocoon-a52.jpg) [次へ](14) 14 旋回をしながらヒールムントに飛びかかるラブラディーネ。ガシン高い音を立ててぶつかり合う爪と杖。 「なんで襲うんだ? ひどいじゃないか!」 「死ね」 相変わらず軽薄そうなヒールムント。余裕……ということなのだろうか? 軽く腕を振るうと、信じられない勢いでラブラディーネが吹き飛ぶ。壁に激突せぬよう、翼を羽ばたかせる。 「かつて」 ばらり、と前髪が乱れ、目を影にする。表情の伺えぬ姿。 「わたしは王だった。数多くの臣下を抱え、 永遠の王国を作っていた」 「この恥知らずは、わが王国に巣食い、 わたしの大切な臣下奪った。何もかも」 「わたしは恥じた。自らの未熟さを。 この化物を見抜けなかった甘さを」 「だからお前を倒し、けじめをつける」 右手を上げる。空間が赤く光りだし、細長く形作る。そして掴み取る。槍、だろうか? 投擲。 槍は、空気を焦がしながら進み、ヒールムントに、着弾。閃光。 ようやく目が慣れてくると、そこには対抗するように腕をあげたヒールムント。バリバリと、手のひらから青白く光る雷火をほとばしらせている。 「見たことあるねえ、その技。 僕には効かないよ!」 ヒールムントの軽口など意に介さず、次から次へと攻撃をしかけるラブラディーネ。投擲、着弾。拡散。吸収。頭上から降り注ぐ。アーチ状のバリア。 人ならざる者同士の、苛烈な戦い。常人には入り込む余地もなし。とは言え、手をこまねいているわけにも行かない。ちょうどラブラディーネの攻撃に意識が向いているところ。 隙を突く……! 意を決し、ヒールムントに向かって走り出すあなた。 そのとき。死角からの攻撃だったにもかかわらず。くるりと、まるで首だけが回転したかのような滑らかさでこちらを振り返り、にこにことした笑顔を向けてくる。そして、目が怪しく紫に輝く! 「あ……あぐっ……ぁ!」 心臓を鷲掴みにされたような衝撃。体が動かぬ。視線は吸血鬼から外すこと叶わず、半開きになった口から呼吸音のような音が漏れる。 「せっかく部下ができたのに残念だったねえ。 こんなところで使い果たしてしまうんだ」 「君もどうだい? ラブラの下にいたって未来はないよ。 なんなら僕のもとに来ないかい? 歓迎するよ!」 戯言を……! 吸血鬼は人間の天敵。魂を売ったとしてもお前の部下などになるものか。第一、ラブラディーネの部下になったつもりも、ない。 にこにこと笑いながら言うヒールムント。 「僕の待遇は永き者の中でも格別によいと評判でね! みんな泣きながらお願いするんだ。もっとわたしの血を吸ってとね。 サービス旺盛な僕としては、応じないわけにはいかないのさ!」 「ラブラ、君の部下もそうだった!」 外道の行いに顔を歪めるあなた。 「ああ! でも3ヶ月前に ペンタウァとか言う町からたくさん人間をもらってきたんだっけ。 今お腹はいっぱいだったんだ! いらなーい!」 ごりゅ! 手に持つ杖を、ぞんざいに突きこまれる。 そんな、信じられない。 ただの棒きれが、肩口を突き破り胸までめり込み。グラリと視界が揺れる。返り血。盛大にヒールムントにかかるが、眉をひそめ拭うのみ。 吸血鬼なのに、血を吸いすらしなかった。ただ、処分されたのみ。 何よりもまず、驚きがきて。ついで、熱さ、痛み。そして、耐え難き喪失感。 [次へ](15) 15 痛い! 痛い! 倒れ伏せ、もがき苦しむ、声も出ず。 音は消え、世界は遠く。 「おおう、今ので思い出したよ。 君はついさっき、僕に殺された人間じゃないか!」 何か言っている声がする。頭上で拡散して、うまく意味をなさない。 「それがどうして生きてるんだい!? ゾンビになったのかな!」 遅れてやってくる意味。 さっき、殺した、だと? だってこのとおり、生きて。考えはまとまらず、霧散していくばかり。 ふわり。薄れる視界に覆いかぶさる、影。 「大丈夫。君はまだ持つよ」 だって、無理だ。もう感覚がない。痛みすらよくわからない。口を塞がれてるわけでもないのに息ができない。 ――途端、何もかも赤くなった―― 視界、感覚。そして……痛み。 急に、戻ってきた。痛みは肩でも胸でもなく……首筋。 するとどうだろう、とめどなく血の流れる胸の傷は、徐々にふさがり血は止まった。失った血の代わりに、何かで満たされていく感覚。 「まだ死なせない。君の終わりは、ここじゃない――」 声。 暖かさ。包まれる感触。このまま、どこまでも。 意識がはっきりしてくる。覆いかぶさるのはラブラディーネ。彼女は、あなたの首筋に牙を突き刺していた――! ![全ては、赤く](orangestar-20150618115141.png) [次へ](16) 16 「……!」 思わず、突き飛ばす。 軽く宙を浮かぶが、翼を使い、なんということもなく着地するラブラディーネ。 吸血……! 二度までも。それもこんなタイミングで、なんのつもりか……! 血でべとべとの口元をぬぐい。 「元気は、出ただろう?」 確かに、傷口があんな速度で治るなんて尋常ではない。どういうことなのか?自分の体が自分のものでなくなってしまったような、薄さ寒さを感じる。 吸血とは一体……? 「吸血という行為は。 ただの食事や奪取じゃあない」 「循環、の意味がある。 わたしの生命を分け与え、その対価として血をもらう」 淡々と、説明する。 なんということだ。そんな話は聞きたくなかった。それじゃ、それじゃつまり―― 「相変わらずだねラブラ、君は! そんなやり方をしていたら 与えられる恐怖の念は薄く、 いつ寝首を掻かれるかわかったものじゃないよ」 「僕のやり方をご覧、僕なら 町を一夜にして吸血鬼の巣窟にすることができるよ!」 「知ってる。 そうやって、わたしからすべての臣下を奪ったじゃないか」 ラブラディーネはヒールムントを相手にせず、静かに、あなたに語りかける。 「君を見つけた時、今以上に虫の息だった。 今のように胸に大穴を開けてね。 ヒールムントに派手にやられたんだろうさ」 だから。 「今と、同じことをした」 なぜそんなことを。それじゃまるで――助けられた、みたいじゃないか。 だめだ、心が壊れそうだ。せっかく心の平穏を保ってきたのに。彼女を、憎むことで。 助けられた。その代償が、吸血鬼化。そんなの、そんなの……望んでいなかった……! ポリポリと困ったように顎をかく。 「情けない顔をするじゃないか。 助かりたくなかったのか……? もしそうだったのなら……おせっかいだったかな」 でも、と、ぽそりと言う。あなただけに聞こえるような声量で。 「目の前で死なれるのは……あまり好きじゃないんだ」 わからなくなってしまった。この吸血鬼のことが。どうすればいい? 憎めばいいのか? 感謝すればいいのか? 「少なくとも」 あなたの狼狽を察したかはわからないが、彼女はそう言うと。ヒールムントの方に目をやる。 「今考えるべきはあいつのことだ」 あなたの肩にそっと触れ。 「さあ、行くよ。ヒールムントは確かに強い。君の協力が必要だ」 勝ち目などあるのだろうか? 奇襲をかけたにも関わらず、このざまだ。 「ちょっとね、気づいたことがあるんだ。 ヒールムントは君のことを勘違いしてる。 付け入るなら、そこだ」 どういうことだろうか? まっすぐこちらを見つめ。 「君にしか使えない、奥の手があるはずだ」 [次へ](17) 17 バサリ、バサリ。翼を大きくはためかせ。 「わたしについてきて。あいつを倒して、生き残るんだ!」 飛びかかるラブラディーネ。迎え撃つヒールムント。 「悲しいな。君を殺さないといけないなんて。 僕たち、仲良かったのにね?」 「笑えない冗談!」 勢いの乗った拳のラッシュ。それら全てをぐにゃりと受け止める黒い、影の腕。 ……影の、腕? 地面より生えた影の腕から体が引きずり出される。やがてそれは人の体を形取る。影人形だ。 ヒールムントが片手を打ち鳴らすと、それが無数に現れた。目にあたる部分には何もなく、くぼみがあるのみ。うめきのような、叫びのようなつぶやきを発しつつ、わらわらとラブラディーネを襲う。 その間にヒールムントは距離を取る。 影人形の中で、小柄な彼女はすぐに埋もれてしまう。そこで赤い光。 薙ぎ払われる影人形たち。槍を手にしたラブラディーネ。ジュ――ッと音を立てて消滅する影人形。 ラブラディーネの進みは一向に緩まず。 「勇ましい! すごいよラブラ! 僕、好きだよ君のことが。死んでくれ!」 ヒールムントが腕を振るう。空気が、歪んだ気がした。 重力波! 空気が重みを増し、ラブラディーネに向けて放たれる。かなり距離のあるこちらにまで余波が発生し、たまらず膝をつく。 影人形は耐えきれず破裂し、地面に吸い込まれていく。ラブラディーネも歩みを止め、重力に押し付けられ耐えているかに見えた。 ガクリ。姿勢が崩れる。そのまま押しつぶされてしまうのか……! いや、そうではない。彼女は姿勢を低く落としたまま飛び出した。その様、まさに弾丸。 そして、フィスト。ついに届く拳。両手で防ぐヒールムント。 「わっは! とんでもない威力だ。 流石に接近戦は君に利があるね。 僕はちょっと下がろうかな」 バ……ッ 例の雷火がヒールムントの手からほとばしる。ラブラディーネを突き飛ばし、距離を取るつもりだ。彼女は痛みのあまり手を離し、離…… 離さない……! 「おや予想外! それだと焦げ死んでしまうよ!」 バリバリッ 電気だか火だかが、掴んだ腕を這い上がる。むき出しの細腕から血が吹き出る。構わず、握り込む力を込めるラブラディーネ。もがくヒールムント。 「焦げ死ぬ? まさか。お前だけが死ね」 その後ろ。ラブラディーネの背後にいたあなたに、目だけ向けて一瞥し。訴えかけるように。 「……!」 あなたは、飛び出した。意図は理解した。やるしかない。その手に持つ、銀のナイフ。 「おや! チーム戦だね。面白い! だけど下等な吸血鬼一人、両手両足が塞がってたとしても 何も困らないよね。ありがとう!」 背後から攻めようとしたあなたに、突如翼が現れ阻まれる。襲いかかる嵐のような旋風。この男も翼を使うのか……! これでは本体に傷を与えることができない。翼の、というより触手のようなそれの旋風に巻き込まれれば、無事ではすまないだろう。 仕方がない、とにもかくにも一閃。襲い来る翼に攻撃を加える。 スパン―― 跳ね回っていた翼は、面白いように切断され。つながりを失った切れ端は、重力を思い出しボトリと床に落ちる。 「……!」 銀の武器は思った以上に有効だった。今更のようにヒールムントが焦るが、もう遅い。そのまま、ナイフを背中から、突き立てる……! 「ぐぉお、おおおあ!」 苦しみを逃れるように暴れるヒールムント。ナイフは傷口から外れ、吹き飛ばされてしまった。その力は未だ健全で、思わず尻もちをつくあなた。 「銀の……武器、だって……ッ なぜ! そんなもの、君にだって猛毒だ。 使うことなんてできないはず。なぜ……!?」 ラブラディーネが静かに答える。 「決まってる。この人が、まだ人間だから」 「人間だって……! ラブラ、君が吸血したんだろ…… すぐにでも吸血鬼化させられたはずじゃないか。 言いなりになる、部下が欲しかったんだろ!」 今度は、あなたが眉をひそめる番。すぐに、だと? ラブラディーネは言っていたはず。吸血鬼化には半日はかかると。 「何も、これを狙ってたわけじゃないけど。 めぐり合わせってやつなのかな」 「ぐおおおおおおるるるあああ!」 今度こそ、朗らかな仮面を剥ぎ取り、鬼の形相で襲い来るヒールムント。なんということだ。トドメはさせなかったのか! 銀のナイフは、吹き飛ばされてしまった……! 「銀では、わたしたちを完全には殺せない。 けど、今のお前なら、わたしでも問題ない」 ひときわ目を赤く輝かせると。フィスト。ヒールムントの胸に一撃。今度こそ、心臓を、周辺の臓器すべて道連れにして、ぐしゃぐしゃに、叩き壊した。 ヒールムントはビクビクと体を数度震わし。白目をむいて動かなくなった―― 拳をヒールムントの胸につき入れたまま、もう一度衝撃。なんの作用かわからぬが、煙を発し、メラメラと燃えだす。 「さようなら」 崩れ行く肉体を見下ろすラブラディーネ。見つめる瞳はどこまでも冷たく。 さながら慈悲なき制圧者のような。 [次へ](18) 18 「さて……だいぶ時間がたってしまった」 振り返り、こちらを見る。 「夜があけるまで、もう2時間もないよ。 それまでにわたしを殺さなければ、君は人間に戻れない」 今までの疑問をこぼす。ヒールムントにやられたあなたは、死を待つばかりだったはず。なぜ、自分の血を吸ったのか? 彼が言っていた、すぐに吸血鬼にしなかったとはどういうことか? 「すまないと思ってる。 別に利用するつもりはなかったんだ」 コツコツと歩きだす。 「ただ、死に行く君を放っておくこともできなかった。 だから……わたしの生命を少しだけ、わけた」 後ろを向いて表情がわからぬまま。 「でもお陰で君は、逃れらぬ選択肢に閉じ込められた」 バサリと翼はためかせ振り返り。 「わたしを倒さなれば、吸血鬼に。 戦いを強いてしまって、心苦しいと思ってる」 「吸血の仕方にはコツがあってね。 吸血鬼化させるのに半日かかるって言ったけど。 それは単純なやり方な場合。 それを、ものの10分にするのは難しくないんだ」 顔に出ていたのだろう。こちらの疑問を理解し、言った。 「……なぜそうしなかったのかって?」 さっきも言ったけど、と前置き。 「あのとき、死んでほしくなかっただけ。 別に他に意図なんてないよ」 両手で、自分を掻き抱くような、そんな仕草。 「今は……部下なんて、間に合ってるんだ」 「放っておいたら死んでしまうなら。 可能性があるなら、そのほうがいいじゃないか」 チャンスを与えてくれたと言うのか……? 化物の頭領たる、吸血鬼が? [次へ](19) 19 「さて、君はわたしを殺すべきだ。 化物になりたくないなら……ね」 「さっきだって、トドメをさせたのは君の、人間のおかげだ。 十分、チャンスがあるはず」 ほら、と言い、転がったナイフを指差す。拾いにいく時間をくれたのか…… なんで、そこまで。こちらの逡巡を見て取って、言う。 「悩んでいるのかい? だけど、もう遅い」 「約束しただろう。勝負しようって。 もう、それを邪魔するものは何もないよ」 そして。 「わたしも死にたくは、ない。 君が来なくても――やらせてもらう」 構え。逃れることはできない。 「……」 逃れないなら、あなたは。 [武器を握りしめ、覚悟を決めた](20) [武器をおろし、静かに己が運命を受け入れた](30 "f01") [この選択肢を選ぶには、条件が足らない](301 "-f01") 20 「それでいい」 にぃっと笑う。 すっと彼女の姿が消え、思わずあなたは武器を胸元に引き寄せる! 直後、衝撃……! 強烈なストレート。小柄な体格からは想像できない衝撃に、脳が混乱する。 彼女の真意などわからぬ。だが、言うことはその通り。人として生きたいなら。戦うしかない……! 負けられない! 「体力と知力を尽くし! 卑怯な手だっていい! 力の限界を振り絞って! 抗ってごらん!」 勝てる可能性は、万に一つ。銀のナイフだって彼女にはバレてる。でも、選んだ道がこの先だと言うのなら……! ラブラディーネは大きく振りかぶり右腕を上段から振り下ろす! -- ダメージ判定だ! **右のBattle Sheetを開け!** [耐えた!](21) [HPまたはMPが0以下になった](31) 21 回避……! しのぎきった! 風圧で顔が切り裂かれる。飛び散る血飛沫。 ついで、回し蹴り……! -- ダメージ判定だ! **右のBattle Sheetを開け!** [耐えた!](22) [HPまたはMPが0以下になった](31) 22 しゃがみ、避ける。足は壁にぶち当たり、ドゴォ! 粉砕する。白い粉が降りかかる。僅かな硬直時間。 あなたは武器を構え直し、最小限の動作で鋭く突き出す! -- ダメージ判定だ! **右のBattle Sheetを開け!** [有効打!](23) [HPまたはMPが0以下になった](31) 23 ザクッ 手応えあり。口から血を吐き出すラブラディーネ。しかしその闘志、まるで衰えず。 迷わず刺さったままの武器を上から、拳で殴りつけ、ひしゃげさせる。衝撃! 思わず取り落とす。武器はもう使えない……! 翼を使い、ビュッと上空に浮かび上がる。攻撃が宙をかする。まずい。一方的な攻撃をされる。 ラブラディーネは赤い光を収束させ、巨大な槍を作る。ぐるりと一回し。こちらに向けて放つ! -- ダメージ判定だ! **右のBattle Sheetを開け!** [耐えた!](24) [HPまたはMPが0以下になった](31) 24 横っ飛びに回避。転がる。直撃は避けたものの、灼熱の熱波が左腕を通り抜けていった。 熱い……! 感覚がもうない、腕が使えないのは圧倒的に不利だ! その時、体の奥で ――ドクン。 何かがうずいた。 首筋から心臓にかけて。心臓から全身にかけて。めぐる、めぐる。何かが。 震える体。止められない……! 衝動のままに、駆け出し、あなたは、地面を蹴り上げ、壁へと―― そして壁を……粉砕! その勢いのまま、更に上空へと跳ね上がる。 信じられない。そんな動きが可能なのか。更に、更に高度を稼ぎ、空を浮かぶラブラディーネの、上空から襲いかかる。 「……!」 目を細めるラブラディーネ。すかさず体をねじり攻撃を防ぐ。傷は与えられぬものの、勢いよく吹き飛ばし、地面まで落とす。 スタッと、優雅に着地。遅れて、こちらは激しく地面と激突しゴロゴロと転がるあなた。 この戦闘で、相当なダメージを負っていたはず。なのに、まるで不調は感じられず。一体どういうことか。どうなってしまったのか、この体は? 「それはきっと、君が変わり始めてるからだ。 ……人の、枠を飛び越えた存在に」 「ここが瀬戸際。覚悟はいいかい? どんな手でも、ためらってちゃだめだ」 そんな言葉などお構いなく。突撃する。ひらりと横にかわされるも、急制動、ほとんどブレーキをかけずに直角に曲がる。ミシミシ、体が悲鳴を上げるが無視する。 そのまま大きく目を見開くラブラディーネを殴りつける。頬を捉える。小気味いい音がして、もんどり打って倒れる! なんと驚異的な力なことか。これが化物の力……! これならば。 まるで針の糸のようだった可能性に、光が差したような。 人外の力を使って、人間に戻る。なんと皮肉なことか。だが今は、これ以上ないくらい頼りになる力だ……! [次へ](25) 25 「やるじゃないか!」 体のバネを使って一気に回転、立ち上がり。倒れたときに擦りむいたのだろう、額からダラダラと血を流し。戦意に満ち満ちた顔で、叫ぶ。 力が溢れてくる。恐ろしき闇の眷属の怒気を真っ向から浴びているのに。それでも、揺らがない。 心はひとつ、ただ勝ちたい……! 両者、ともに、雄叫びを上げて。 -- 体の奥底から湧き上がる力により体力が回復する。 **STATUSを開き、HPを50、MPを50回復せよ。** **続いて右のBattle Sheetを開け!** [有効打!](26) [HPまたはMPが0以下になった](31) 26 激しい拳の打ち合い。ともに反動でのけぞる。 一瞬早く体勢を取り戻したのはラブラディーネ。翼が衝撃を吸収したのだ。 恐ろしい速さで飛び込んでくる。あなたはまだ体勢が流れたままだ……! だが逆にチャンス。飛び込んで来るなら待ち構えるだけ……! 銀のナイフをできるだけ目立たぬように掴み―― ジュウウ――――ッ! 熱い! 熱い!? 柄を持つ手から煙がたつ。先程まではなんともなかったのに……! 思わず、取り落としそうになる。 まさか、吸血鬼化が進んだことで、あなたにも毒になってきたと言うのか? だめだ! これは切り札。ここで落としたら取り返しがつかない……! 「……!」 異変に気づいたラブラディーネが攻撃の矛先を変える。こちらの攻撃が届かぬ距離から体を投げ出し、手を床につけ側転! 上からの鋭い蹴りに、震える手首を強打される。 カラン、カラン――ナイフは叩き落とされ……絶望とともに、その音を聞く。 気落ちしている間などない。皮肉にもナイフを離したことで再び力を取り戻した手で、宙に浮いたラブラディーネの足首をつかむ。力を入れて、引っ張り、引きずり倒す! そのまま上からのしかかる。 衝動のまま殴り掛かる……! 1発目、腹部を強打! 悲鳴が漏れる。構わず2発目、顔面を粉々にする勢いで……! パシッ その手首を捕まれ、阻まれる。動かせない。下からなのに凄まじい力……! ならば反対の手で攻撃を仕掛けるも、そちらは払われ、勢い余った体はぐらりと横にぶれる。 その力を利用され、上下反転。逆にあなたがのしかかられる体勢となってしまった。 上から殴りつけられる。思わず拳を左手で受け止めるも、下からの不自由な体勢では押し返すことなどできない。力が違いすぎる! 「これで、終わりだ!」 大きく腕を振りかぶる。まずい。奥の手など何もない。吸血鬼対策として使えそうなのは、銀のナイフ、白木の杭、十字架くらい。銀のナイフは弾き飛ばされ使えない! 迫りくる拳。考えはまとまらぬ。だがやるしかない。あなたは、白木の杭をつかむと。 ラブラディーネはすぐに察知し、回避行動を取る。だが離さぬ。そう、先程の攻撃であなたの左手は、彼女の右手を掴んでいたのだ。離さない、意地でも、この手を。 すでに彼女は起き上がり、つながっているのは手だけ。転がったままの体勢では体に攻撃が届かない……! あなたは、 自分の手ごと、白木の杭を叩き込んだ! -- ダメージ判定だ! **右のBattle Sheetを開け!** [……しのいだ!](27) [HPまたはMPが0以下になった](31) 27 「「ぐああああああ!」」 両者の絶叫が響き渡る。 ラブラディーネは苦悶の表情を浮かべる。額に脂汗。ダメージがある! だが吸血鬼化が進んだ今、あなたの体も無事ではすまない。傷口からは煙があがり、凄まじい痛みが襲う。 するとどうだろう、あなたの手ごと杭の刺さったラブラディーネの腕は、煙に包まれ……白骨化! あなたの手が離れる。 このチャンスを逃してはならない。あなたは、杭の刺さった手を振り上げ、彼女の胸に叩き込んだ! [次へ](271) 28 勝手に満足されて。こちらは気持ちの整理も何もついていないのに。 なんだって言うんだ。こんな気高い吸血鬼は知らない。もっともっと、邪悪で外道ならよかった。それなら、なんのためらいもなかったのに。 今は、ただ、胸が痛い。 体から、何か抜けていくのが実感としてわかる。呪いが。超人的な力が。 本来は失っていたはずの命。図らずも助けられて。 どれほどそうしていただろう。窓から、光が差し込む。 朝日。闇の者を浄化する、希望の光。 その光をその身に受け。気づけば、屋敷に一人。 帰らねばならない。勝ち取ったのだから。受け継いだのだから。命を。 あなたはそっと踵を返すと。奥歯を強く噛み締め。 一歩ずつ、踏み出した。 [エピローグへ](29) 29 王都ペンタウァ。王宮執務室にて。 大臣に謁見するあなた。吸血鬼2体を倒した勇者として、多大な報奨を受ける。 その功績を口々に讃えられ。羨望の目を向けられ。あなたは耐える。 実態は、そうではないのに。彼らの予想するものとはまるで違うのに。吸血鬼に命を救われた、などと吹聴するわけにもいかず胸のうちにしまうあなた。 あの記憶を、戦いの記憶を、決して忘れぬよう胸に留め。 これからも厳しい任務があなたに降りかかることだろう。 だがくじけてはならぬ。諦めてはならぬ。受け継いだのだから。命を。想いを。 王宮を出て日の光を浴び。ああ、ああ。暖かい。 この暖かさを感じられるのも、人間であるからこそ。それを噛み締め、歩む。町では馴染みの町人が、子どもたちが親しげに話しかけてくる。それに軽く手を振って一言二言かわしながら、進む。 そうやって、あなたは、一人のソーサリアンは、生きていくのだろう。明日も戦いに赴くのだろう。 END ![街道](ayaemo-fantasy11-day.jpg) 30 スッ……掲げた武器をゆっくりと下げる。片眉を上げるラブラディーネ。 やめた。悟ったのだ。彼女を殺すことはできない。 彼女は、救ってくれたのだ。彼女にできる方法で。それが悲劇を生み出してしまったとして、どうして彼女を責められる? 少なくとも、今、立ってこうしていられる。それは彼女のおかげ。 あなたは尋ねる。吸血鬼になってしまったら、この記憶はどうなるのだろうか。この意識は。消えてなくなってしまうのだろうか? 「……! はっきりとは、言えない。 発狂し、何もかも壊そうとした者も、いた。 うまく馴染み、人間の頃の記憶を受け継ぐ者も、いた」 少なくとも。 「人間からは、疎まれるだろうよ。 あのコミュニティは、異物を受け入れない」 頭を軽くめぐらせ。 「その決断は、一体…… もしかして勘違いしてるかもだから、いちおう言っておくよ。 わたしは、「良い奴」ではないよ。 お腹が減れば人を殺して吸うことも普通にある」 なら、必要以上はしないよう、見張りが必要ということだ。 「ご飯当番か。やれやれ」 軽く天を仰ぐ嘆息する。 「まいったな。この展開は予想してなかった。 いいよ。君がそのつもりなら、わたしは歓迎するよ」 もう、戻ることはできない。覚悟は決めた。だから、決別する。人と。 駄々をこねる子を見る親のような、困り顔。けれどそれも、いっときのこと。すぐにその顔は、微笑みに彩られて。 「300年振りの臣下だ。ようこそ――」 ![差し伸べられた手](vampire2.png) [エピローグへ](3123) 31 あなたは志半ばで体力気力を失い、一歩も動けなくなってしまった。 ああ、もうペンタウァに戻ることはかなわない。 化け物として、夜な夜な跋扈することもなく。 ただ、そこにあるは永遠の闇―― 125 そのまま、無防備なその背に、振り下ろす……! ――が、その行動の成就、ならず。突如生えたラブラディーネの翼に視界を奪われる。足を払われ、斬撃は明後日の方向。届かない……! よろめき、倒れる。 翼は大きく旋回し、あなたを転ばせたあと、そのままの勢いで前方の怪物共をも蹴散らす。ラブラディーネは転がるあなたに飛びかかると、馬乗りに! ぶつかる視線。爛々と輝く瞳。心臓の鼓動が聞こえる距離。半開きの口から、鋭く尖った牙が見え隠れする。 殺される……! だが彼女は翼をしならせると、前方――つまりあなたの後方に、触手のように、鋭く突き刺す。 グサリ。 手応えあり。そこには新たな怪物がいたのだ。ラブラディーネに気を取られ、気づかなかった……! 怪物はかすかな悲鳴をあげ、動かなくなる。 死んでいた……! もしこのまま背後の敵に気づかなければ。恐ろしい予感に、背筋が泡立つ。ガタガタとした震えが、密着したラブラディーネに伝わってしまう。 ラブラディーネは、意外にも体を起こして離れた。 「悪くない。相手の不意をつくのは基本だからね。 どんな手だっていい、わたしを殺すために使ってみるがいいよ」 余裕か……! 歯噛みする。どうせ非力な人間に何もできないと、タカをくくっているのか? 「……ただ今のは、タイミングがよくはなかったな。 仮にわたしを殺せたとして、後のことは考えていたのか?」 後ろの怪物の死骸を指して、言う。 「今はまだ、協力し合ったほうがお互いのためだと思わないかい?」 何が言いたい……? 「今わたしと戦えば、君は更にヒールムントとも 一人で戦わなきゃならない。 だけどわたしとなら、二人で戦える。その意味わかるかな」 問いかける赤い瞳。 「少しでも勝ち目のある方を選ぶ。戦いに身を置くのなら、 必要な判断力じゃない? それでもあえて今、戦いたいのなら、止はしないけど」 そう言われて。臨戦態勢をとっていたあなたは。 武器をおろした。 薄く笑うラブラディーネ。 「賢明な判断だよ」 ふと遠くを見やるような顔。 「人間というのはすごいね…… わたしには、かつてたくさんの臣下がいた。 元は君と同じ人間だったのだけど」 「彼らは、思い違いはする。間違いはする。 それでも――」 「それでも考え方を変えることができるんだ。 思いを正すことができる。あれには軽く感動したよね」 君はどうかな? と首をかしげてみせる。大きなお世話だ。 [次へ](13) 271 飛び散る血流。吹き上がる白煙。 ラブラディーネは目を見開きガクガクとと体を震わせる。 声にならない悲鳴を上げ、ラブラディーネはうつ伏せに崩れ落ちた。 「やられる……か………… まさか……だ……っ」 激しい痛み。手を振り払い、刺さったままの杭を投げ飛ばす。傷口は塞がらぬものの、白煙は止まりつつある。戦いは、終わった。 薄れる高揚。そして滲む後悔。 前を見やる。そこには、ひれ伏す吸血鬼。力なく横たわる体。 やったのは、誰だ? それは紛れもなく自分。 やりたかったのは、こんな事だったのか……? 絶望が、影がひたひたと近寄る。 そのとき、 「やるじゃん……」 にぃぃ。 伏せたまま、顔だけ上げて。軽く唇を歪ませるラブラディーネ。 「これが、君の選択…… 君が、自分の力で、勝ち取った……んだ」 「最初は、放っておこうかと、思った…… 勝手に吸血鬼にでもなれば……いいと……ね……」 「だけど……君を見ているうち……戦ってみたいと、 命のやり取りの先に……君が何を勝ち取るのか…… 見てみたい……そう思えたんだ」 そのために、自らの命を晒したというのか? おかしい。考えられない。狂っている。 「そう、かな……? 君たちだっていつも 自らの信じるもののために……命をかけてるんじゃなかったのかな。 昔から……そういうの……いいなって……」 「それで戦って……君が勝った…… いいじゃん……楽しかった……よ……」 ふふっと笑う音がする。 「間違ってなかった」 「君の血を吸ってよかっ……た。 あんな糞野郎に殺されなくて……よかった。 君が生きてて、よかった――」 ――ズルい。 そんな言い方はズルい。胸を締め付け、この苦しみが、永遠に残ってしまう。思わず彼女を見るも、 彼女はその輪郭を少しずつぼやかしていき。灰となって、風に流されて行った。 [次へ](28) 301 この選択肢を選ぶには、何か条件が足りないようだ…… [戻る](19) 0310 東の扉を開けた。 数々の調度品。立派なものだがどれも薄くホコリを被っている。どうやら物置のようだ。 引き出しを開け、棚を漁り。残念ながらそれらしい鍵は何も見つからない。 こちらは何もない。はずれだった。 [戻る](03) 0311 西の扉を開けた。 長テーブルに豪華なろうそく立て。戸棚には食器。 ……おや。これらの食器は陶器製のようだ。ナイフやフォークに至るまで、輝く金属の色をしたものは見当たらない。 ここは食事を取るところ。流石に鍵などあるまい。 [諦めて戻る](03) [もう少し探す](03111) 02111 目覚めてさっそく再会するとは幸先がいい。ここで倒し、禍根を絶ってやる。 武器を構え直す。それに気づいていないはずもないのだが、吸血鬼の少女は気にもしないで落ち着いた様子を崩さず。 「君はどうやら命拾いをした。それを、ここで散らすつもりか?」 まるで、優しく諭すかのような。だがそれは、その行動が伴っていてこそだ。人を、オモチャのように――血を吸っておいてその言葉は、ただの戯言に過ぎない。 ――お前を、倒す。 「別にわたしはそれでもかまわないけど」 達観したような様子でつぶやく吸血鬼。 途端。 怪しく輝く瞳。射すくめられる、と思う間もなく瞬時に距離をつめられ、腕をぐいっとつかまれ足を払われ、地面に叩きつけられる! 「やるというのなら、容赦はしない!」 背中に足を乗せられる。苦しい、肺の空気が搾り取られる。 「……弱い。つまらないな、人間は」 ぽそりとつぶやかれる。その言葉に頭沸騰しそうになるも、このままでは何もできない。落ち着け。あなたは震える腕で腰のベルトからあるものを取り出す。それは、 「!」 吸血鬼は身を翻し、さっと離れる。それは銀のナイフ。吸血鬼や闇の者に絶大な威力を誇ると言う。 「おっと、それは食らいたくないな」 タタン、とステップ。その勢いのまま、器用に扉を開き、身を滑り込ませてしまう。そして、向こう側から半身だけ覗かせた状態で。 「……君の血を吸わせてもらった。 吸血鬼化するまで、だいたい半日くらい。 今からだと……そうだな、 朝までにわたしを殺せればその呪いは解けると思う」 けれど、と前置きし。 「わたしはここでやることがあるんだ。 悪いけど君の相手はしてられない。 ここでさよならだ」 吸血鬼としての生を謳歌するがいいよ、と言う。ふざけるな、そんなものは望んじゃいない。 「じゃあ、追ってきたら」 その言葉を最後に、吸血鬼は扉の向こうに消える。 待て! 思わず手にしていたナイフを投げつける。閉められた扉にぶつかり、高い音を立てて床に跳ねる。 追ってこいだと? 当然だ。仮にもソーサリアンとして吸血鬼討伐の任務を任された身。吸血鬼を見逃すわけにはいかない。そして、手をこまねいて化物の仲間入りになるのも御免だ。 荒い呼吸、なんとも言えぬ焦燥感に苛まれながら、あなたは立ち上がる。 [次へ](03) 03111 諦めの悪いあなたは、もう少し家探しを続ける。 ゴソゴソ、ゴソゴソ。鍋の蓋を開け、シンクの中を覗き込み。そんなところに鍵はない。半ば悟りつつも、一度探し始めてしまったその行動はなかなか止められない。 積み重ねられた皿の間。持ち上げて覗いてみる。キラリと輝くもの。……あった。鍵だ。これがあの扉に合うと良いのだが。 あなたは急ぎ元の部屋に戻る。 [戻る](03) 3123 ペンタウァでは一人のソーサリアンの行方が掴めないとの話題がたった。 しかし、危険の多い任務。任務の最中に命を落としたのだろうと、戦死者名簿に名が刻まれ。それでその話題はおしまいとなった。 場所は変わり、王都からそう遠くない草原にて。二人の人影あり。小さな少女の姿と、冒険者風の出で立ち。 少女は堂々とした姿で前を歩く。それに後ろから静かにつき従う冒険者。まるで少女の方が主人のようだ。 ラブラディーネである。 「やあ、服がホコリだらけだよ。 旅から旅へと、大変なことだね。 まあ旅は好きだから、いいけど」 「仰々しいのは嫌いなんだけど、 何処かで根城を見繕わないとね。 さあ、行こうか?」 冒険者は少し立ち止まって王都の方向をちらりと一瞥して。 また、二人、歩き出した。 人が繁栄し、文明を築き謳歌する世。そんな世の中でも。古き者、異形の者は変わらず跋扈しており。人知れず、この世界で、生きるのだ。 END ![草原にて](ayaemo-fantasy12-day.jpg)